更新日:2022年6月28日
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筆子塚とは、江戸時代に庶民の教育機関であった寺子屋や家塾で、読書算術や実務教育を教わった教え子が、師匠が亡くなった際にその遺徳を偲び、自分たちで費用を出し合って建てた墓や供養塔のことです。
範盛は十念寺の13世で、文久2年(1862)に亡くなりました。石塔は高さ2メートルあまりの唐破風付の墓石です。正面に「法印範盛不生位」、裏面に「文久四子年二月建立」とあります。筆子の世話人として、上小岩村・中小岩村・小岩田村・伊予田村の人々の名前が石台に刻まれていることから、範盛を慕う近隣の村人により文久4年(1864)に建立されたことが伺えます。
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