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更新日:2026年5月20日

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江戸川区と金魚の歴史

江戸川区と金魚

明治30年代に、平井や小松川に金魚の生産者が都心部から移転してきたのが、江戸川区における金魚養殖の始まりです。

その後、区内の各地に金魚の養殖は広がっていきます。

大正12年に関東大震災が発生しますが、その後、この地域で養殖業が盛んになっていきました。

昭和15年、江戸川区の金魚の生産量は約5,000万尾。この頃、海外にも輸出していたようです。

第二次世界大戦時、食糧難に伴って養殖池は耕地に転用されたり、食用の鯉の種苗生産への転用を強いられます。この苦難の時期、養殖業者の努力により何とか絶滅を防ぎ、そして終戦後、江戸川区の金魚養殖は復活し、全国有数の生産地となりました。

この頃、奈良県郡山市、愛知県弥富市と並び、金魚の三大産地と呼ばれるようになりました。

しかし、昭和30年代になると、都市化の影響をうけはじめ、金魚の養殖事業者は減少していきます。

昭和44年には地下鉄東西線が開通して周辺の開発が進みます。それにより、水質の悪化や地価の高騰が急速に進みました。固定資産税や相続税の負担が上昇したことにより、養殖事業者の郊外への転出、転業等で事業者数、池の面積はさらに減少していきます。戦前の最盛期に23軒あった養殖業者は都外への移転や転業により減少し、昭和47年には17軒、昭和54年には6軒、平成16年には2軒となり、現在に至ります。

昭和30年頃の堀口養魚場
写真は昭和30年頃の堀口養魚場です。

金魚の歴史

『金魚養玩草』の1ページ

金魚の祖先は「フナ」という川や池に住む魚です。1500年以上前の中国で突然変異により赤くなったフナが発見されました。

その赤いフナを池などで大切に育てはじめ、さらに赤い魚にしていったのが金魚の始まりだと言われています。

日本には約500年前(1502年)の室町時代に中国からやって来ました。金魚はえらい人やお金持ちしか飼えない高級なペットでしたが、江戸時代になると、多くの人が金魚を飼えるようになりました。

今から約300年前には、日本ではじめての金魚飼育本となる『金魚養玩草』(きんぎょそだてぐさ)が書かれました。『金魚養玩草』には、金魚の飼い方や金魚の歴史、尾ビレの観察などがくわしく書かれていて、昔から金魚がとても大切に育てられているということがわかります。

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