更新日:2023年7月15日
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特集 江戸川区花火大会 そのふるさとへ
4年ぶりに開かれる江戸川区花火大会(8月5日(土曜日))。演出と打ち上げの総指揮を執る宗家花火鍵屋(そうけはなびかぎや)15代目の天野安喜子(あまのあきこ)さん(上写真)に見どころを聞くと、「リズムと間の取り方、これには心血を注いでいます」と力のこもった答えが―。音楽と連動した演出をする中で、花火の放つ“音”はとても重要な要素。では、その花火が生まれる場所ではどんな音が聞こえるのでしょう。大会に向けて花火を作っている山梨県の工場を訪ねました。
花火を作る主な4工程
“星”を掛ける
山梨県の中央部に広がる甲府盆地の南端から、つづら折りの山道を車で15分ばかり駆け上った先。防火のためのがっちりしたコンクリートの壁で狭まれた通路を抜けると、そこに齊木煙火(さいきえんか)本店の工場があります。
ここが長年にわたって江戸川区花火大会の花火玉を製造している、花火たちの“ふるさと”。案内してくれた天野さんにとっても、花火作りを一から学んだ、花火師としてのふるさとといえる場所です。
「工程の頭から順番に、まずは“星”を掛ける作業場からご覧いただきましょうか」
天野さんがそう言って指し示した先にあったのは、とても騒々しい建屋でした。大きな羽釜を斜めにしたような装置が数台、絶えず回転している音。さらに、それぞれの装置に付きっ切りの職人たちが釜の中の数百、数千の火薬玉をかき混ぜている音が響きます。
この火薬玉が「星」と呼ばれるもので、花火が放つ色とりどりの光は、これら星の一粒一粒が燃えている炎なのです。
菜種などを芯材として、どろりとした液状に溶いた火薬を少しずつまぶしては干し、干してはまた釜でかき混ぜ、じっくりと必要な火薬の層を作る―職人用語でいうところの“太らせる”ことで星は作られます。火薬の主成分は金属の化合物なので、しっかり太った星が釜の中を転げ回る音は、ジャラジャラという硬質な響きがします。
取材中、とある一角に向けてカメラを構えた時のこと。「おっと、この辺りは企業秘密!撮影はご遠慮ください!」。突如、天野さんから声が掛かりました。
一見、無造作に作業をしているようですが、この「星掛け」は、花火玉が炸裂した時の一本一本の光の筋の輝き方を人の手でコントロールできる唯一の工程です。
「発色の異なる火薬の層を掛ける順番や、各層の厚みを考え抜いた星は、文字通り職人の意匠の結晶です。その星がどんなきらめきを見せるかは、どうか夜空で開いたのを見てみてのお楽しみに取っておいてください」。黙々と仕事に打ち込む職人勢の心持ちを、天野さんが代弁します。
“星掛け”は火薬玉に一つの層を掛けるごとに天日で乾燥させながら進められる。燃えた時の色が異なる火薬は、火薬それ自体の色も異なるため、仕上げのコーティングを掛ける前の星の色には一群ごとに個性がある。
かつての“女人禁制”から性別問わず尊重の時代へ
尾を引いて光る「冠菊(かむろぎく)」
半球の中に「星」を並べ、内側の部分には「割り薬」を詰める
続く「玉込め」の作業場はがらりと趣が変わります。三つある各8畳ほどの部屋には機械らしきものは見当たらず、使い込んだ木製の道具が並ぶ様子は、工場というよりは“工房”と呼びたくなるたたずまい。
お邪魔した部屋では、女性の職人が厚紙でできた半球の型に、先ほどの「星」と、星を散らばらせるための火薬「割り薬」を詰めています。聞こえるのは、火薬を詰めた半球にふたをあて、木の棒でたたいて火薬をならす「コココッ、コココッ」という小気味よい音だけ。
「今でこそ彼女のように女性も火薬を扱いますが、私が修行に来た30年ほど前はまだ『女性が直接火薬に触れる星掛けや玉込めに就くなんてとんでもない!』という時代でした」と振り返る天野さん。
「鍵屋が取り仕切る打ち上げ現場も、私が幼少の頃は“火の神が宿る場所だから”ということで女性は立ち入れませんでしたが、今や時代の後押しを受けて現場で活躍する職人100人のうち7~8人が女性です。働く環境も少しずつ整えられ、性別を問わずお互いを尊重し、認め合うことができるようになっていることは感慨深いですね」
この日、詰められていたのは、「冠菊」(上写真)と呼ばれる花火。逆さにした菊の花のように長くしだれ落ちるこの玉は、江戸川区花火大会ではクライマックス直前の彩りの定番です。
半球に星と割り薬を規則正しく詰め込んでいき、火薬がきっちりと納まったら、同様に仕立てたもう一つの半球とともに両手に持って、「カポッ!」と合わせる。玉込めで最も難しいこの瞬間を経て、バラバラの星が一つの花火玉の姿になります。
「玉込め」の工程で星の内側の層に詰め込まれる粒状の「割り薬」は、星と同様に釜型の星掛け機を使って職人が手作りしたもの
真ん丸の“盆”のために
火薬が詰まった玉は、また別の部屋に運ばれます。玉の外側にクラフト紙を幾重にも巻き付けていく「玉貼り」の工程です。広間に3人が座るこの作業場には、紙を貼るためのでんぷんのりの缶と並んで、見た目はほぼ同じハンドクリームの入った缶が。素手でひたすらクラフト紙をなでつける仕事はとかく手が痛む。春でも夏でも定期的に手をいたわることが欠かせないからなのだそうです。
巻いては干して、巻いては干して―たとえ前の工程での星のレイアウトが完璧だったとしても、ここでの巻きが不均一だと、「盆」と呼ばれる、炸裂した時の星の広がり方がゆがんだものになってしまいます。齊木煙火本店では各工程が概ね分業制。個々の工程の職人がリレーのように、美しい大輪を咲かせるための仕事に打ち込んでいるのです。
クラフト紙を指と手のひらでシュルシュルと貼り込む「玉貼り」の作業場では、どの職人の手元にもハンドクリームの缶が2つ。一つはクラフト紙を貼り付けるためののりを空き缶に入れたものだが、もう一つには本当にハンドクリームが入っている
太陽、森の薫り、鳥の声
ひたすらクラフト紙を巻く工程が終われば、残されているのは総仕上げの乾燥だけです。もはや人がなにか手を動かすというものでもありませんから、露天の干し場は実に静かなもの。周囲の森から、キビタキでしょうか、小鳥の「ピヨピ ピッピッピ」と鳴く声だけが響いています。
ひとたび火が付けば爆音とともに炸裂する花火玉も、ここではまるで昼寝中のライオン。太陽の光、森の薫り、それから静けさと野鳥のさえずりをあくびをしながら吸い込み、出番が来るのをのんびりと待っているかのように見えます。
「私たち花火師は、旗と同じで花火には『打ち揚げる』という字を使います。高く揚がった真ん丸の盆を皆で見上げて、同じ音を体に感じるから人の心が一つになる。こうしてできた玉を最後に預かって、思わず隣の人と顔を見合わせるような最高の高揚をつくるのが、打ち揚げを仕切る私の役目です」(天野さん)
さあ、4年ぶりの江戸川区花火大会まであともう二十日ほど。河川敷であの轟音が聞ける時は、もうすぐです。