ファミレスでのひとコマ。モーニングを食べ終え、店が混みあうランチ時まで仕事をするつもりでドリンクバーと共にあくせく働いていた。徐々にお客さんが増えてくる。キリのいいところでそろそろおいとましようかと思い始めた頃、少し離れた席にいる赤ちゃんがワーワーと泣き出した。赤子が泣いてるなーと思いつつ仕事するわたし。ワーワーがギャーギャーになっていく赤子。一生懸命に赤子をあやす母親らしき女性。キリを探すわたし。ンアギャァー!!と、もはや泣くというより叫んでいる赤子。食事に手を付けることなく赤子を泣き止ませようと必死な女性。お母さん大丈夫かな、と心配になってきたわたし。冷めていく女性の前に置かれた料理。泣き止まぬ赤子。焦る女性。怒鳴るおじさん。……怒鳴るおじさん?
「うるせぇな! さっさと泣き止ませろよ!」
赤子の声よりも特大ボリュームで発せられたおじさんの声。びっくりした。すみませんすみません、と謝る女性。怖かったのだろう、泣き止む様子のない赤子。ほったらかしにしているならともかく、誰がどう見ても女性は必死にあやしていた。後払いのお店なので料理がきている状態で外に出るのは躊躇したのかもしれない。たしかに赤子の声は大きかったけど、そんなに怒ることじゃ……ほら、よくドラマでもあるじゃないか、赤ちゃんは泣くのが、
「仕方ないだろ! 赤ん坊は泣くのが仕事だよ!」
さっきのおじさんと同等の特大ボリュームで発せられた別のおじさんの声。びっくりした。ドラマみたいだった。そして始まる、おじさんVSおじさんの口喧嘩。周囲の人々に謝り続ける女性と、おじさん×2の声が大きすぎて気にならなくなった赤子の泣き声。
すると、わたしの近くに座っていた男性二人組がポロっと。
「お母さんて生き物がこの世でいちばん可哀想」
わぁ。すごいキラーフレーズ。お二人はカップルのようで、「俺らのほうが生きやすそう」と冗談交じりに笑っていた。誰に何を言うでもするでもなく、でも「あ、泣き止んだみたい。よかった」と女性と赤子を遠くから静かに気にかけていた。
共生社会と漢字四文字で表すと、ほぼ健康で大体マジョリティ側を生きている自分なんかは、障がい者や外国人、LGBTQ+など、そういう方たちとどう共に生きていこうか、どうしたらその方たちが生きやすい社会になるのか……なんて、「上から偉そうに」考えてしまう。何かを「しよう」としてしまう。とても身勝手に。
二人目のおじさんが怒鳴ったとき、女性には感謝の気持ちもあったと思う。フォローしてくれたわけだし。でも結果的に知らないおじさんと知らないおじさんの喧嘩が自分の子供のせいで勃発。最終的に思ったことは「ほっといてくれ」、これだけなんじゃないだろうか。
店員さんが「外に出てもかまいませんよ」って言えばよかった? なんだか「出ろ」って言われた気持ちになりそう。近くの席の人たちが「全然気にしてませんよ!」って声かければよかった? そっちサイドからわざわざ言うのってもはや「気になります!」だよね。小さな子供連れでファミレスに来るのが悪い? え?
何も言わず、何もせず、でも心配そうに見守っていたカップル。「ほっといてくれ」って感覚を、よく知っているのだと思う。
何も言えず、何もできず、勝手に心配してただけのわたし。「ほっておく」以外の選択肢も、これから探し続けなければならない。
脚本家。1993年、群馬県生まれ。群馬大学卒業後、助産師として勤務する傍ら、2018年から独学で脚本執筆を開始。2021年、第33回フジテレビヤングシナリオ大賞を『踊り場にて』で大賞受賞。同年、第47回城戸賞を『グレー』で準入賞受賞。2022年、連続ドラマ『silent』で脚本家デビュー。その後の執筆作に、ドラマ『いちばんすきな花』『海のはじまり』、映画『アット・ザ・ベンチ』など。GINGER webにてエッセイ『ぽかぽかひとりごと』を連載中。