遠い夢 未来へのささやき まちの鼓動 ふるさとの原風景

更新日:2019年1月31日

ここから本文です。

紙本着色地獄図

紙本着色で三幅対の地獄図です。文政3年(1830、天保元年)に光福寺の什物となりました。江戸時代後期の作と考えられます。端裏に「十王絵」と墨書されていますが、十王のひとりである閻魔王の「閻魔王庁図」に、日本天台の学僧源信(942~1017)の『往生要集』にのっとったいわゆる「六道絵」のうち地獄道の「等活地獄図」と「阿鼻地獄図」の二幅を加えた三幅構成になっています。図柄には中国宋元の影響がみられます。
各幅の本紙は、縦1550センチメートル、横800センチメートル。端裏に「文政十三庚寅年」とあり、施主は「江戸一ヶ谷八幡町」に住んだ「三河屋藤右衛門内美佐」と記されています。三河屋藤右衛門は西小松川村の加納甚内の親類と書かれています。現住職によれば、この「地獄図」は当時12代目の住職である辯栄在職中に施主から寄進を受けたか、施主の寄進によって辯栄が作らせたものを推定されます。

  • 江戸川区登録有形文化財・絵画
  • 松島1丁目9番24号 光福寺
  • 平成6年2月22日 告示

お問い合わせ

このページは教育委員会事務局教育推進課が担当しています。

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?