更新日:2022年3月1日
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特集 共生のまちの、新しい野菜
「夢なんじゃないの!」
「初めてサンプルで1束が届けられた時は『エー!なんでこれが日本にあるの!私は夢を見ているんじゃないの!』って本当にびっくりしたんですよ」
小岩地区でレストランを経営するマラカール・ウルミラさん(写真右)が力を込めて語る「これ」とは、マメ科の野菜「メティ」のこと。ウルミラさんの母国であるネパールや、江戸川区に出身者の多いインドほか南アジア地域などでは、スパイスとしても具材としてもよく用いられる、定番の、そしてごくありふれた食材です。
ところが話が日本国内となると事情が異なります。葉の部分を乾燥させた「カスリメティ」なら輸入食材店などで手に入れることができるものの、茎も付いた生のメティの流通は極めてまれ。葉物野菜なので輸入も難しく、ウルミラさんにとっては夢にまで出てくるような”幻の食材”だったのです。
独特の香りと苦味
そんなメティが急に江戸川区近辺で流通するようになったのは、2年ほど前。えどがわメティ普及会の小林洋(ひろし)さん(写真左)らがメティを区内農家で契約栽培する事業に取り組むようになってからのことです。
「おかげで定期的に仕入れられるようになったけれど、小林さんのメティはオーガニックな上等品。もったいないから大事に大事に使うんです。ちょっと作ってみましょうか」
そう言いながら厨房に向かったウルミラさん。炒めたジャガイモに、数種類のスパイスとともに刻んだメティを加え、瞬く間に定番の一品「アール・メティ」をこしらえます。各スパイスとメティが混然一体となった、食欲をかき立てる香味。
「一人でも多くのお客さんが本場の味を喜ぶ顔が見たいから、私がメティを食べるのは味見をしなきゃいけない時の、ちょっとだけ。こんな風にね。…ああ、これね、この苦味なの!(笑)」
「ネパールだったら茎の根元の方は切って捨てちゃうこともあるんだけど、小林さんのところのメティは茎もやわらかくておいしいから、細かく刻んで入れちゃうんです」(ウルミラさん)
インド人講師のつぶやきで
小林さんがメティの栽培を思い立ったのは、5年前のこと。江戸川総合人生大学に通っていた際、多文化が共生するコミュニティづくりを考える学習の中で、インド人講師のインディラ・バットさんが「生のメティが手に入らない」とつぶやいていたことがきっかけです。
「聞けば独自の苦みがあって、インドではいろんな料理に欠かせないハーブだというわけです。他の食材はだいたい日本でも手に入るようになってきたけれど、生のメティはどうにもならず、インドやネパールの方々は悶々としていると。じゃあそれをこの辺りの農家に作ってもらったら、そうした人たちが喜ぶんじゃないか—という僕なりの多文化共生のアイデアだったんです」
小松菜と相性バツグン
長年、大手スーパーに食品バイヤー(仕入れ担当者)として勤めてきた小林さん。メティについて下調べする中で、インディラ・バットさんの話す通り、江戸川区近辺には相当な需要があることを確信。同時に、区内の農家の協力を得ることについても一つの勝算が浮かび上がったといいます。
「江戸川区といえばやっぱり小松菜!だけど小松菜は連作障害(注)への気配りを要する野菜の一つです。その点、マメ科のメティはアブラナ科の小松菜とはケンカをしないから、小松菜畑の裏作向きの作物として区内の小松菜農家に受け入れてもらいやすいんじゃないかと」
この発想に賛同する農家はすぐに見つかり、複数の農家で試験的に栽培がスタート。予想通り、小松菜との相性はいいようで、小松菜の裏作や近接した畑でよく育ったといいます。「えどがわメティ」と銘打って出荷すると、外国人のお客さんを中心に順調に売れていきました。
とはいえ、いくつかは誤算もありました。中でも大きかったのはメティが意外なほど夏に弱かったということ。
「南アジアでメジャーな野菜という先入観で暑い時期もいけるだろうと思ったんだけれど、気温が30度近くなると虫にやられてしまう。減農薬栽培だから打つ手も限られ、せっかく育ったメティが全滅しかけるような痛い思いもしました」
契約農家の一人、生田都弘(いくたくにひろ)さん(写真)も「最初は肥料も水やりも、何もかも手探りでした」と栽培当初の苦労を振り返ります。「小松菜と同じ葉物だから、高く育ち過ぎたら食感が良くないだろうというのは分かりましたよ。だけどなにしろ自分では食べ方すらも知らない野菜。どれくらいが良い塩梅なのかなんて想像するしかなかったですね」
そうした壁も、農家の方が思い付いた工夫や、小林さんが卸し先から聞いて回ったアドバイスを実地で試していく中で一つずつ解決。「3年目にしてようやく安定して出荷していくめどが立ってきた」と小林さんは話します。
上篠崎の契約農家でメティの様子を確かめる小林さん。「農家の皆さんには減農薬栽培でお願いしているので、一番の天敵は虫です。他にも病虫害が出ていないか、自分でも小まめにチェックするようにしています」
(注)連作障害:特定の作物を同じ畑で続けて栽培した際に起きる、病虫害や土壌成分の偏りによる生育不良のこと。土壌を消毒したり、いったん別の作物を育てて土を休ませる(輪作・裏作)などの対処をする。
地産地消で愛される野菜に
最近の収穫量は契約農家の合計で月に30キログラムほど。
暑い時期の害虫対策は依然として課題ながら、一方で冬の寒さにはとても強い作物だということが分かってきました。この冬に農家の協力で行ったテスト栽培では、日照時間が短く、冬には小松菜を植えられない悪条件の区画でも、メティなら順調に生育したという成果が。
「名産の小松菜との取り合わせの良さを改めて感じる、うれしい結果じゃありませんか。もともとは外国人の方の声から作り始めたメティですが、この調子で作物としても食材としても江戸川の地に根付いて、地産地消で愛される野菜になってほしいですね」(小林さん)
共生社会を掲げる小松菜のまち・江戸川区に、新たに生まれつつある特産品。海をまたいでの多文化の共生に”食”から取り組む、小林さんたちのチャレンジは続きます。
インド風レシピ紹介 メティとマッシュルームのビリヤニ(炊き込みごはん)
教えてくれた方
スワティ・アガルワルさん(松江在住の料理研究家)
インド料理に欠かせないバスマティ米もガラムマサラも区内のお店で手軽に手に入るので、ぜひ本場の味に挑戦してみてください。メティは乾燥処理のもの(カスリメティ)でも代用できます。
- フライパンに油をひきニンニク、ショウガ(各大さじ1)、みじん切りの玉ネギ(200グラム)を加え、弱火できつね色に炒める
- 薄切りのマッシュルーム(200グラム)を加えて中火で3~4分加熱後、刻んだ生のメティ適量を加えて軽く炒める
- 洗米・吸水後に水をきったバスマティ米(200グラム)、塩(小さじ1)、ガラムマサラ(大さじ1.5)を加えて2の水分となじませ、ふたをして弱火で15分炊き込む
- 再びメティ適量を加えて5分炊き、ミントやコリアンダーを散らして完成!
和風レシピ紹介 メティと鶏肉の柑橘あえ
教えてくれた方
「食堂 小竹」(南小岩)枝元(えだもと)みなさん
メティは生のままでもOKです。柑橘はデコポンのような甘味の強いものを使うとお子さんにも大人気!今が旬の八朔を使ったら、さっぱりした大人の味になりますよ。
- 生のメティをさっとゆでる
- ゆでた鶏むね肉をほぐす
- 柑橘の薄皮をむき、大きいものは一口大にほぐす
- 1~3をボウルに入れ、しょうゆ・ごま油・3と同じ柑橘のしぼり汁・粒マスタードをよく混ぜたものであえる
関連リンク
- えどがわメティ普及会
メティを取り扱う店舗を紹介しています