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更新日:2019年1月31日

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「第1回横綱栃錦関メモリアル小岩子ども相撲大会」開催

地元の英雄を愛する心が、街の魅力を高める

写真:子ども相撲大会の様子

第44代横綱として10回の優勝を誇り、大相撲人気の立役者であった“昭和の名横綱”「栃錦関」。その名を後世に伝えるとともに、子どもたちの健全育成に寄与しようと、10月31日(土曜日)、南小岩6丁目児童遊園(沖天祖神社境内)で、「第1回横綱栃錦関メモリアル小岩子ども相撲大会」が開催され、地元の住民たちが見守る中、近隣の小学校3校から、男女の児童約60名が参加しました。(主催:小岩子ども相撲大会運営委員会/会長:都築毅(沖天祖神社総代)、後援:小岩相撲甚句会、小岩鯉のぼり会)
同大会は、小岩の英雄である「栃錦関」を子どもたちに知ってもらうことで、地元の魅力を高め、地域の絆をより一層深めることを目的として開催。再開発が進む小岩地区において、新たな住民を受け入れられるように、「栃錦関」を地域の財産として活用することも考えています。

写真:子ども相撲大会の様子

大正14年に江戸川区南小岩で生まれた栃錦関は、地元である下小岩小学校を卒業。子どもの頃から並外れた体力と運動神経を持っていたこともあり、知人のすすめで春日野部屋に入門しました。力士としては小柄な体格ではありましたが、練習熱心であった栃錦関は、戦時中、軍隊に入隊するなど幾度の苦難をも乗り越え猛稽古に打ち込み、多彩な技能を身につけました。
昭和29年、横綱の最高位まで上り詰め、その後、若乃花と共に「栃若時代」を築き、大相撲人気をけん引しました。また、昭和33年には、母校である下小岩小学校が火災によって校舎の3分の1を消失したことを知り、復興支援のためにと下小岩小学校校庭で“小岩場所”を開催。横綱・千代の山らも友情出場を申し出て、総勢150人の豪華な力士による勧進相撲を開くなど、心の温かい横綱としても知られています。

写真:特製ちゃんこ鍋を食べる子どもたち

引退後は、多くの力士を育成し、日本相撲協会理事長にも就任するなど、大相撲の発展に尽力しました。地元の善養寺やJR小岩駅には栃錦関のブロンズ像が建立され、生誕90年を迎える今も変わることなく地元の英雄として地域の住民から愛されています。
当日(31日)は、特設の土俵が境内の中央に造られ、下小岩小学校、下小岩第二小学校、南小岩小学校の1年生から6年生の男女約60名が参加。都築会長から「元気よく相撲を取って、健康で元気な明日のための英気を養って頂ければ幸いです。」と挨拶があり、相撲大会が開会されました。

写真:集合写真

保護者や地域の住民が見守る中、学年・男女別の個人戦が行われ、年齢が上がるに連れて身体も大きく迫力が増していく取り組みを見た住民からは「頑張れー!」などと歓声が上がり、会場は大いに盛り上がりました。対戦後は、地元町会の主婦らが作った特製ちゃんこ鍋が振る舞われ、対戦した子どもたちは一緒になって、愛情のこもった熱々の絶品のちゃんこを味わい、友情を育みました。
田中裕二実行委員長は、「同大会が、“小岩らしさ”という魅力を高め、子どもたちの未来につながる街づくりと地域の繋がりができるきっかけになれば嬉しいです。」と話しました。

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