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パラリンピックとは

更新日:2017年7月12日


 障害者スポーツの世界最高峰の大会が「パラリンピック」です。オリンピックと同様4年に1度行われる障害者スポーツの世界的祭典です。
 パラリンピックの原点となる大会は、イギリスのストーク・マンデビル病院で行われた、「ストーク・マンデビル競技大会」とされています。第二次世界大戦で負傷した兵士が行った競技大会が、後のパラリンピックに発展していきました。
 この大会を開催したのは、ユダヤ人排斥運動によりイギリスに亡命した医師、ルードウィッフィ・グッドマン卿でした。グッドマン卿は「手術よりスポーツを」との考えをもとに、スポーツを治療に用いました。
 1948年7月29日、グッドマン卿はロンドンオリンピック開催にあわせてストーク・マンデビル病院内で車いす患者によるアーチェリー競技大会を行いました。グッドマン卿はこの当時に「この大会が真の国際大会となり、障害をもった選手たちのための、オリンピックと同等の大会になる」との展望を語っています。
 この大会は毎年開催され、1952年には国際大会へ発展し、「第1回 国際ストーク・マンデビル競技大会」が開催されました。


 1960年にイギリスをはじめ、オランダ、ベルギー、イタリア、フランスの5か国により「国際ストーク・マンデビル大会委員会」が設立され、グッドマン卿が初代会長に就任しました。これを契機に障害者スポーツ大会の国際化が推進されていきました。
 同年、ローマオリンピック後に、23か国、参加者400名の「国際ストーク・マンデビル大会」が開催されました。後にこの大会は、IPC設立後に「第1回 パラリンピック」に位置づけられました。


 1962年、2年後の国際障害者スポーツ大会(IPC設立後、第2回パラリンピックと位置付けられた)の開催に向け、準備委員会が設立された。その委員長にの故葛西嘉資氏が就任しました。葛西会長は、当時グットマン卿に師事していた中村裕博士(社会福祉法人太陽の家の創設者)とともに大会開催の準備を進めました。両氏は東京大会を、「車いす使用者だけではなく、すべての身体障がい者が参加できる「国際身体障がい者スポーツ大会」の開催を決意し、グットマン卿ら関係者に理解を求ました」結果、1964年東京で「第2回パラリンピック」が開催されました。1964年東京パラリンピックは、当初車いす使用者のみ参加を認められていた大会を、すべての身体障害者を対象にした先駆けともいえる大会でした。
 以降様々な障害者がパラリンピックに参加する機会も増え、公平に競技が行えるように、障害の程度でクラス分けをしたり、現在は一部の競技で知的障害者もパラリンピックに出場するまでになりました。

※写真提供 社会福祉法人 太陽の家※

問い合わせ先

このページは文化共育部 スポーツ振興課が担当しています。

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