江戸川区民まつり図鑑
更新日:
2011年6月10日
江戸川区民まつりの歴史
第1回江戸川区民まつり
今年で、34回目を迎える江戸川区民まつり。記念すべき第1回は、『ひろげよう ふれあいの輪を』をテーマに、昭和53年(1978年)10月1日都立篠崎公園で開催されました。
来場者数は約20万人にのぼりました。開催時間は、午前10時から午後8時までと、現在の午前9時から午後4時までに比べ、3時間長く開催していました。広場数は4つ(縁日広場、おどり広場、芸能広場、出展広場)と、現在より少なかったのですが、午後8時のフィナーレには、豪快な打ち上げ花火と華麗なナイヤガラの滝、子どもたちのトーチサービスを行ない、炎で会場を彩る派手な演出を行なっていました。
第1回江戸川区民まつりの様子

苗木即売会(縁日広場)

おどりやぐら(おどり広場)

芸能ステージ(芸能広場)

サークル発表(出展広場)

物産展(出展広場)

フィナーレ(打ち上げ花火)
江戸川区民まつり誕生のきっかけ
昭和51年(1976年)9月19日に発足した、「江戸川区町会・自治会青年部等連絡協議会」で、青年を含めた区民ぐるみの催しができないかという声があがり、実行委員会が結成されました。
青年たちが目指したのは、タレント抜きの完全な手づくりのまつりでした。
青年部等連絡協議会では、まつりを実現させるため中里区長に相談。区長は、昭和53年(1978年)10月10日付け広報えどがわ「区長随想」で、そのときの様子を次のように記しています。
「初めての“区民まつり”は大成功でした。これは、2年ほど前に発足した町会自治会青年部等連絡協議会が心に描いた若者の夢なのです。最初は私も本当にうまくまとまるだろうか、情熱だけで内容が伴うだろうか、と迷ったものです。それから各地で盛上がる地域祭の様子を種々見る度に、区民ぐるみの祭りもうまくいくのではないかと自信を持つようになりました。そして、6月頃から80にも及ぶ諸団体に相談したところ、是非にという声が多く、予想もしない程の熱意と協力で、立派な祭として実ったのです」。
昭和54年(1979年)の第2回区民まつりは10月10日に実施しましたが、第3回は5日、第4回は4日と毎年開催日が変わり10月10日の「体育の日」に定着したのは第9回(昭和61年:1986年)からです。
平成12年(2000年)の第23回から、体育の日が10月の第2月曜に変更され、区民まつりも10月8日開催となりました。
(平成13年発行の「江戸川区政50年史」より抜粋。)
ちなみに、今年の江戸川区民まつりは、10月9日(日曜日)開催です!
豆知識コーナー
その1 歴代ハッピィちゃん
江戸川区民まつりのキャラクター「ハッピィ」。現在まで、23回のイメージチェンジを行なってきました。その歴代ハッピィちゃんをすべてご紹介いたします。

第1回

第2回

第3回

第4回

第5回

第6回

第7回

第8回

第9回

第10回

第11回

第12回

第13回

第14回

第15回

第16回

第17回

第18回

第19回

第20回

第21回

第22回

第23回

第24回以降
その2 江戸川区民まつり『THE DATA』
注釈:第32回江戸川区民まつりのデータです。
| 参加者 | 55万人 |
|---|---|
| 参加協力団体 | 393団体 19,958人 |
| 場内パレード | 32団体 3,079人 |
| ミニSL | 乗車数 約3,000人 |
| 迷子保護 | 97人 |
| もぎ店 | 約8,7万食 |
| 都市交流コーナー |
8都市2団体
「安曇野市、鶴岡市、南魚沼市、城里町、長井市、八丈町、魚沼市、大島町、JA、町青協」 |
| 駐輪場 | 9ヶ所 6,500台 |
| ごみのリサイクル | 空き缶、空きビン、ペットボトル、段ボールなど約6,000キログラム |
| 中止の回数 |
残念ながら中止ということが、これまで33回のうち、4回あります。
(1)昭和60年(1985年)の第8回は雨天のため当日中止を決定。 (2)昭和63年(1988年)の第11回は、天皇陛下のご不例により中止。 (3)平成3年(1991年)の第14回は異常な長雨により事前に中止を決定。 (4)平成22年(2010年)の第33回は荒天のため当日中止を決定。 |
問い合わせ先
このページは 生活振興部地域振興課 です。